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2005/04/17

東野圭吾「私が彼を殺した」

 何回も読み返しました。

私が彼を殺した
東野 圭吾
講談社 (2002.3)
ISBN : 4062733854
価格 : \730
通常2~3日以内に発送します。
婚約中の男性の自宅に突然現れた一人の女性。男に裏切られたことを知った彼女は服毒自殺をはかった。男は自分との関わりを隠そうとする。醜い愛憎の果て、殺人は起こった。容疑者は三人。事件の鍵は女が残した毒入りカプセルの数と行方。加賀刑事が探りあてた真相に、読者のあなたはどこまで迫れるか。(文庫本裏表紙より)

 犯人、分かったあ!
 ……多分。

 というのは、この本を最後まで読んでも、どこにも犯人は明記されておりません。
 読者は、ストーリーを読んで推理するしか手がないのです。
 けれども、じっくり読めば必ず犯人が分かるように書いてあるそうです。

 ちなみに文庫本では「推理の手引き」なるものがついていますが、「意地でも読まねぇ!」と頑張りました。確信を持ってから、確認のために一応は見ましたけど……。当たってた、多分(どこまでも曖昧)。

 以前、「どちらかが彼女を殺した」という本も読んだのですが。

 こちらの方も、犯人は明記されておりません。

 これが、面白かったもので。同じ趣向で書かれたものも読んでみようと思い立ちました。

 できれば、誰かに読んでもらって、一緒に議論してみると面白いと思います。
 自分一人で分かったような気になっているのかもしれない、という気がしたりもしますし。
 私もできれば夫に読んで欲しかったのですが、夫はね~、ミステリー嫌いなんですよね。「犯人を当てようとか思うと、読むのにストレス溜まる」とか言って。そんな人には絶対に読めない本ではあります。くそう。

 くれぐれも、その方が読む前に自分の推理を言ったりしないように気を付けてくださいねっ。

 「どちらかが彼女を殺した」は、三人称で書かれています。視点は容疑者二人以外(被害者の兄)のもの。

 それでも、すごいな~、と思うのに、「私が彼を殺した」は、容疑者三人の一人称で書かれています。
 これって、人間業じゃないですよ!

 一人称というのは、簡単に言うと、主語が「 I (僕、あたし、俺)」で書かれたものです。
 容疑者三人がそれぞれ胸中を語っているのに、犯人がすぐには分からないようになっているんですよっ。
 読み返すと、うまく言葉のトリックを使っているのが分かります。すごすぎです。

 こういうのを読むと、アレだ。
 作家っていうのは、こういう人がなるもんなんだな、とか思います。私のようなぽやぽやさんにはムリですわ、とか考えたりもします。とほー。

 いいもの読ませていただきました。読むのが遅すぎるけど。

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コメント

私、ミステリー好きです。
でも、実はね本を読むのが嫌いだったんですよ・・・『活字を相手にすると眠くなる病』で・・・。
数字とのバトルなら全然気合の入れ方違うんですけどねぇ・・・理系なんでw

で「ミステリー好き」というのも、実際に本を読んでいるからで、その本嫌いが好きになったきっかけというのが『「貫井徳朗」作品』です。
別に宣伝するわけじゃないですが、リカねぇ~さんは読んだことあるのかな~?と思いましてw

その「私が・・・」と「どちらが・・・」は読んでみたいな!ぜひぜひ読んでみますっ!
どちらから読むとよさげです??

投稿: ダレン | 2005/04/18 11:11

>ダレンさん
>私、ミステリー好きです。
 推理ものは、きちんと計算して書かれたものならば、むしろ理系の方のほうに向いていると、いつも思っています。

>「貫井徳朗」作品』です。
 残念ながら、おそらく未読です。私も読書量が多いほうではないので。世の中、未読本だらけです。いけないなあ。

>どちらから読むとよさげです??
 難易度からいって、「どちらかが~」の方がいいと思います。単純に、こちらの方が発刊されたのも早いし。

投稿: リカ | 2005/04/19 11:03

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